ピートが探している夏への扉が彼の前に現れんことを。
とはいえうちの猫はなぜか夏が基本的にダメで冬になると異常に活動量が増えるわけですけれど。
※そもそも布団に入れてあげたら途中で暑くなって出て行ってしまう。
さて、ようやく冬っぽさが増してきて、今年は一体どういう気象だったのか、ピートは大歓喜だったかもしれませんが、あいにくうちの子は長期にわたって液体のままでした。
ちなみにネタ元はロバート・A・ハインラインの「夏への扉」です。タイムトラベルを扱ったSF古典としては名作中の名作ですので、未読の方はぜひ。一応長編ではありますが、単行本としてはとても薄いのでさくっと読めます。大好きな作品の一つですね。
さてさて、古いPCから新しいPCへお引越しなどしておりますと、懐かしい資料だとかがいろいろ出てきて面白い。
今回は、そんな中で過去に顧客のスキルアップのハンズオンと座学研修を行った際に、冒頭のスピーカーセッションとしてつらつら語ったときのパワポが発掘されました。いや、こんなんしゃべってたのか、恥ずかしいなぁ。とかおもいつつ、でもまあ言ってることはいまでも変わってないのでまあそうか。
結構辛辣なこと言ってますが、いまでも辛辣なことはいうので大差ありませんね。
そういう意味では一貫したままでいるんだな。
というわけで、さくっとそのパワポを適当に記事にしてみよう、というのが今回の試みです。
そのまま乗っけたらなんか荒々しいので、すこーしマイルドにしてみよう、という試みでもあります。
なんせ、冒頭セッションだけで16ページとかあります。冒頭のあいさつ代わりのセッションでやる枚数じゃありません。
もうちょっと短くしろよ自分。言いたいことがぼろぼろ出てきたんだな、という感じですが、とにかく短く端的にしかし要点を押さえてあらすじを書く、という練習をしましょう。
- スキルとは何か
- スキルとは何か
- スキルがある、とはどういう状態を指しているか
スキルがある、とは「そのスキル領域に対して、自分のわからないことがわかっている」という状態を指すと思う。
ソクラテスの「無知の知」やアインシュタインの「知れば知るほどわからないことが増える」といった発言からもわかる通り、これは人間の知性の発達における基礎的な働きである。 - Linuxチョットデキル
プルシェンコのスケートチョットデキル。に倣ってライナスが着ていたシャツの有名な言葉。Linux生みの親がたどり着ける領域が、チョットデキル、なのだ。
座学の後で「何かわからないところはありませんか」と聞かれて、「何もないです」と答えるのは、イコール「完璧に理解した」という自己認識状態であり、「わからないことがない」=「自分が何をわかっていないのかすらわからない」という状態にほかならない。
- スキルがある、とはどういう状態を指しているか
- できないことがわかる
- 「スキルがない」とは、「~~がわからない」と表現できない、「何がわかっていないのかすらわからない」という状態である。
- そもそも何がわかっていないのかわかってるならそれを学べばいいだけ。
- スキルを身に着ける、とは、「何をわからないかを自覚し、それを言語化できるようになる」ということだと思う。
- 言語化できて、はじめて人は他人に思考や意図を正しく伝達できるようになる。
- わからないところが表現できる、とは逆に言えばそれ以外は「わかる」ということに他ならない。
- 無知の知を自覚できても、それを言語化できなければただ自己の中で完結するだけの広がりのない知性となってしまい、いずれ閉塞する。
- 何がわからない、と表現できないと他者にスキルの有無の伝達ができない。
- 言語化できて、はじめて人は他人に思考や意図を正しく伝達できるようになる。
- 「スキルがない」とは、「~~がわからない」と表現できない、「何がわかっていないのかすらわからない」という状態である。
- わからないことを言語化する
- 言語化する、とは伝達だけではなく、それによって人はより知性の発達を起こす。
- 知性とは拡散させることによって発展するものであり、閉塞する知性には浅い限界が訪れるだけである。
- この知性の拡散と発展を起こすのに重要な役割を担うのが言語化であり、他者への伝達能力である。これは、「スキル」というものを身に着けるうえで、持っていなければならない重要な前提条件である。
- 座学とは何か
- 座学やセミナーにおいて、参加者全員のスキルアップなどありえないし想定もしない。
- これらが担うのは参加者に「きっかけ」を与えること。
- これらは「いままでの自分ではなしえなかった何か」を為そうとする働きであり、本質的に「自分を変えることでしか生まれない」ものである
- 端的に言えば、自ら行動しない座学などただの無駄な時間でしかない。
- これは宿題を出して「やらせた」のでは意味がない。
- そして世の中座学に参加して「やった気」になってしまう人がとても多い。
- わからないことを恐れない
- わからない、という状態は素晴らしいものである。恐れてはいけない
- ドキュメントを読むことも恐れてはいけない
- ドキュメントを読んでわけのわからない言葉だらけだ、と思ったのならそれこそ素晴らしいことである。
- 「わからない」場所が少なくとも少しわかった、ということだからだ。
- 書かれてないこともやってわからないところを作り出す、それがハンズオンだ。
- 文字に慣れる
- ドキュメントも言語化も基本は文字である、文字を恐れてはいけない。
- 理系だからとか文系だからではなく、とにかく本を読め。技術書である必要はない。
- 小説でも新聞でもいい、とにかく文字を、特に紙で読め、紙に書け。
- 電子書籍は五感のうち視覚しか使わないので成長しにくい。
- PCでメモするな、紙に書け。
- 触覚、嗅覚、下手すれば味覚も総動員できる紙は「知性」という側面においては電子書籍など比ではない。
- 小説でも新聞でもいい、とにかく文字を、特に紙で読め、紙に書け。
- 文字や文章が苦手、な人はとにかく毎日文章を書け。
- 書くことはとにかく意味がある。とりあえずはアウトプットしなくてもいいから、毎日何かを書け、鉛筆を握れ。
- この世のすべてを疑え
- この世の中をわかった気になるな、ありとあらゆることを疑え
- 世界の中で「わかってること」のほうが少ない、なんて当たり前のこと。
- 目の前で話しているこの内容も疑え、自分の行動も疑え、ドキュメントも疑え。
- 無条件に何かを信じるな。信じていいのは「自分がやったことによって起きた、今目の前で起きたことだけ」にしろ。
- だからエンジニアは手を動かす。ハンズオンをする。チュートリアルをなぞり、いじくり、変更して、動かなくして、壊す。
- エンジニアとは、「予測し」「仮説を立て」「論理実証し」「現実に投影する」。
- そしてそのすべてに拡散する知性と少しでも多くの脳みそを持ち寄るための言語化が必要である。
- コミュニケーション能力、などという飲み会で役に立つ能力などなくてもよい。
- 他人に正しく意図と思考を伝達できる能力だけでいいから、育てろ
- この世の中をわかった気になるな、ありとあらゆることを疑え
- スキルとは何か
うん、普通にまとめても長いですね。
別にこれは今からエンジニアになるぜ!って人にやった座学/ハンズオンではなく、一応オペレーターとして長年やってきて、でもアーキテクトだのといった上流に行けない人たちのスキル向上を何とかできないか、という話の流れで出てきたもので、明日から社会人だ!みたいな子に聞かせたら普通に絶望なんじゃないかと思います。
結局、そういったオペレーターにとどまってしまって先に進めない、というのはあまり好きな言葉ではないのですが、職業エンジニア的になってしまっていて、ルーチンワークや「ある程度知っているもの」を日々業務として回す、という点にフォーカスがおかれてしまい、その固定観念が崩れない、という状況なんですね。
そこには挑戦もなければ新しい何かがあるわけでもなく、でも彼らはなんかそんなことをやっていればいつかは自分もいっぱしのエンジニアとして上流工程をやれるんじゃないか、給料増えねえなぁなんでだよ俺長いことやってるぞ。みたいな茫漠としたイメージと不満感と閉塞感に包まれて、でもなんか外から見たらとんでもないぬるま湯に漬かってるようにしか見えない状況なんですよ。
これは結構厄介で、こんな話をしてもその時は目を輝かせて聞くんですが、結局本も読まないしペンは使わずにPCでかちゃかちゃやるし、そもそもアウトプットもしないし文章も書かないしドキュメントも読みません。
こちらがやれるのは、どこまで行ってもきっかけを与えることしかできず、それをつかむのはどうやったって本人です。
手を持ってあげて、きっかけに指をかけさせて、さあ、こうやって握りなさい。そして力を入れるのです。
ここまで説明してお膳立てしても、結局「力入れてきっかけをつかむ」のは本人以外にはできないことです。それも補助しなさい、なんて言われたらこっちの人生が詰みますからね。化物語じゃありませんが、結局のところ人は勝手に助かるだけなのです。勝手に助からないやつは結局何をどうしたって助からないし、その人生までは責任は負えないのです。
というかそんな責任負わされるなら金額に換算できないのです。
そして、生粋のエンジニア気質の連中は基本こんなこと言われる必要すらなく、自分で勝手にやって勝手に育って、勝手に化け物になっていくのです。
別にむつかしいこと言っているつもりはこれっぽっちもなくて、だってやるの当たり前じゃん。息のすい方と吐き方を言語化したらこうなったけど、なんでいちいち息の吸い方とか説明しなきゃいけないの? くらいの感覚なのが生粋のエンジニア気質にとっては普通だと思うんですよ。
こんなこと言われる座学に参加しろ、って会社から言われている時点で、お前ダメって言われてんだぞ、って話なんですが、それでも会社というものは雇ってしまった責任を持たなきゃいけないので何とかしようとしてくれるんですよね、少なくともある程度までは。
そんな話された、1万人に一人でいいから、ああ、俺自分でつかもうとしてなかった、って気づいて手に力を入れる人がいたら、たぶんこんなのをつらつら書き連ねた意味があったんだ、って救われるんだろうなぁと思います。たとえそれがいっときだけであったとしても。
これが僕にとっての見つからない夏への扉の一つ、ですね。
あの扉の向こうには夏があるかもしれない。って開ける扉。その向こうは変わらず冬で、裏切られ続けるのだけど、それでも毎日扉の前にいって開けろとせがむピートの気持ちが少しは理解できる気がします。
まだ、あきらめきれないんだよなぁ。